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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)70503号 判決 1977年12月12日

原告 田中良一

右訴訟代理人弁護士 鈴木保

右訴訟復代理人弁護士 遠藤義一

被告 株式会社田中牧場

右代表者清算人 柳浦隆三

右訴訟代理人弁護士 今井文雄

主文

東京地方裁判所昭和五一年(手ワ)第九二二号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え、

2  訴訟費用は被告の負担とする、

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する、

2  訴訟費用は原告の負担とする、

との判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙手形目録(一)、(二)記載のとおりの裏書の連続した約束手形二通(以下、本件各手形という。)を所持している。

2  被告は、本件各手形を振り出した。

3  原告は、本件各手形を支払呈示期間内に支払場所に支払のため呈示したが、支払を拒絶された。

4  そこで、原告は被告に対し、本件各手形金合計一〇〇〇万円とこれに対する満期後の昭和五一年三月二一日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1及び3の各事実は認める。

2  同2の事実は否認する。もっとも、被告が、昭和四五年一二月七日に、満期、振出日及び受取人を各白地とする本件各手形を作成したことはあるが、これらは、その後、被告において保管中に紛失してしまったものであり、受取人兼第一裏書人である田中正八に交付したことはない。

三  被告の抗弁

1(一)  被告は、訴外斎藤卯助及び酒井幸一に対する債務の支払のため、昭和四五年一二月七日に、満期、振出日及び受取人の各欄を白地としたうえ本件各手形を作成し、これを右斎藤及び酒井に交付するため被告の従業員である内田健一に預け、同人に対し右白地部分の補充権を授与した。

(二) その後になって、右交付をする必要がなくなったため、被告においてこれを保管しているうち、なにびとかがこれを持ち去ったものであって、被告は、訴外田中正八に対して右白地部分の補充権を与えたことがない。

(三) 原告が、本件各手形を取得するに際し、田中正八において何ら権限がないのに右白地部分を補充したものであることを知らなかったとしても、知らなかったことについて原告には重大な過失がある。

2  仮に右主張が認められないとしても、

(一) 訴外田中正八は、本件各手形が振り出された昭和四五年一二月七日から五年を経過した後である昭和五一年一月末ころ、右白地部分を補充したものである。

(二) 被告は、昭和五一年五月二八日の本件第一回口頭弁論期日において、右時効を援用した。

(三) 原告が本件各手形を取得するに際し、田中正八において補充権の時効消滅後に白地部分を補充したものであることを知らなかったとしても、知らなかったことについて原告には重大な過失がある。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1(一)のうち本件各手形が昭和四五年一二月七日に作成されたことは否認する。本件各手形が作成されたのは、手形に五〇〇円の収入印紙がはり付けられている点からみても、昭和五〇年六月ころである。その余の事実は知らない。

同1(二)及び(三)の事実は、いずれも否認する。

2  同2(一)及び(三)の事実は、いずれも否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一1  原告が裏書の連続する本件各手形を所持していること、本件各手形が支払呈示期間内に支払場所に支払呈示されたが、支払を拒絶されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  原告は、被告が本件各手形を振り出したものであると主張し、被告は、これを否認し、本件各手形を訴外田中正八に交付したことがないと主張するので判断する。

手形の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思で約束手形に振出人としての署名又は記名押印した者は、たまたま右手形が盗難・紛失等のため、その者の意思によらず流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意又は重大な過失によって同人がこれを取得したことを主張・立証しない限り、振出人として手形債務を負うものと解するのが相当である(最高裁昭和四一年(オ)第五六八号同四六年一一月一六日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一七三頁参照)。

これを本件についてみるに、被告が満期(支払期日)・振出日及び受取人の各欄を除きその他の手形要件については原告主張のような記載のある本件各手形を作成したことは被告の自認するところ、この事実に《証拠省略》を総合すると、被告の訴外斎藤卯助及び酒井幸一に対する債務の支払のため、被告において、本件各手形用紙に、満期・振出日及び受取人の各欄を白地とし、その他の手形要件を原告主張のとおり記載したうえ、振出人として記名押印し、これを右の斎藤及び酒井に交付するため被告の従業員内田健一に預けたが、その後になって右交付をする必要がなくなったため、被告においてこれを保管しているうち紛失し、その後の経緯はさだかではないが、訴外田中正八がこれを取得し、同人において右白地要件を記入補充したうえ、これを原告に裏書譲渡し、原告がこれを取得したことが認められる。そうして、本件各手形は、その受取人欄が補充されていて、裏書の連続することは、前記のとおり当事者間に争いがなく、原告がこれを悪意又は重大な過失により取得したものであることは被告の主張しないところであり、また、これを認めるに足りる証拠もない。

以上認定の事実によれば、本件各手形は被告によって振り出されたものであり、被告は、原告に対し、本件各手形の振出人としての責任を負うべきものといわなければならない。

二1  そこで、抗弁1について判断する。

前記認定の事実に、《証拠省略》を総合すると、被告は、訴外斎藤卯助及び酒井幸一に対する債務の支払のため、昭和四五年一二月七日、本件各手形用紙に、満期・振出日及び受取人の各欄を白地とし、その他の手形要件を原告主張のとおり記載したうえ、振出人として記名押印し、これを右斎藤及び酒井に交付するため、被告の従業員である内田健一にだけ右白地部分の補充権を与えて同人に預けたこと、その後、その経緯は必ずしも明らかではないが、訴外田中正八がこれを取得し、同人において、昭和五一年二月上旬ころ、本件各手形の満期(支払期日)欄に昭和五一年三月二〇日、振出日欄に昭和五〇年六月三〇日、受取人欄に田中正八と記入補充したうえ、これを割引依頼のため原告に裏書譲渡したこと、以上の事実を認めることができる。

証人田中正八は、本件各手形を、昭和五〇年六月三〇日ころ、父であり当時被告の代表者であった田中彰治から、同人の居住する東京都港区西麻布の自宅で、交付を受けた旨を供述するけれども、《証拠省略》によると、昭和五〇年六月三〇日当時、田中彰治は肝臓癌の治療のため新宿区市ヶ谷所在の東京女子医科大学病院に入院していて、西麻布の自宅には居なかったことが認められるから、証人田中正八の右供述部分は、にわかには措信できない。

また、原告は、本件各手形に五〇〇円の収入印紙がはり付けられている点からみて、本件各手形が昭和五〇年六月ころ作成されたものであると主張し、《証拠省略》によれば本件各手形に五〇〇円の収入印紙がはり付けられていることが認められるけれども、印紙税法によれば昭和四五年当時においても本件各手形金に相当する貼付印紙額は五〇〇円であることが認められるから、右貼付印紙から直ちに本件各手形が昭和四五年一二月七日に振り出されたものではないと断ずることはできない。

その他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そうして、以上認定した事実によれば、被告は、内田健一に対してのみ本件各手形の前記各白地要件の補充権限を与えたものであり、田中正八が本件各手形を取得するに至った経緯にかんがみ、同人には右白地補充権がなかったものと認めるのが相当である。

しかしながら、被告は、流通に置く意思で、手形要件の一部を白地としたまま本件各手形用紙に振出人として記名押印し、あたかも通常の白地手形の外観を有する書面を作成したものであって、これを取得した者によって右白地要件が補充され、転々流通するに至ることは当然これを予想しうべきところであるから、このような場合、被告は、手形法一〇条、七七条二項の法意に照らし、手形振出人として、右手形を悪意もしくは重大な過失なくして取得した所持人に対しては、手形金支払の義務を免れないものと解するのが相当である(最高裁昭和二九年(オ)第二二〇二号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇二二頁参照)。

被告は、この点につき、重大な過失があった旨を主張するので、判断する。《証拠省略》によれば、田中彰治は昭和五〇年一一月二八日に死亡したことが認められるから、原告が本件各手形を取得した当時には、被告代表者の変更がなされていたことが通常予想されるけれども、本件各手形には振出日として田中彰治の生存中であった昭和五〇年六月三〇日と記載されており、また、原告は、彰治の長男である田中正八から本件各手形の裏書譲渡を受けている等の前記認定の事実に照らせば、田中彰治の死亡の事実だけから、原告が本件各手形を取得する際、被告主張のような重大な過失があったものと認めることはできない。その際、原告が本件各手形を取得するに際し、前記白地要件の補充が、その権限のない者によってされたことを知っていたとか、あるいは、これを知らないことにつき重大な過失があったものと認めるに足りる証拠はないから、被告の抗弁1は採用することができない。

2  抗弁2について判断する。

満期白地の手形の補充権の消滅時効については、商法五二二条の規定が類推適用され、右補充権は、これを行使しうべきときから五年の経過によって、時効により消滅するものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和四三年(オ)第七〇九号同四四年二月二〇日第一小法廷判決・民集二三巻二号四二七頁参照)、前記認定した事実によれば、本件各手形は満期(支払期日)欄白地のまま昭和四五年一二月七日に振り出されたものであること、田中正八が右満期(支払期日)欄に昭和五一年三月二〇日と記入補充したのは、右振出日から五年を経過した後である昭和五一年二月上旬であることが認められるから、同人のした右満期欄の補充は、補充権消滅後にした不当補充であるといわなければならない。

しかしながら、右のように補充権の時効消滅後に白地要件の補充がなされた約束手形であっても、手形所持人が右不当補充の事実を知らずに右手形を取得した者である場合には、手形法七七条二項の準用する同法一〇条の規定が類推適用されるものと解するのが相当であるところ、原告が本件各手形を取得するに際し、前記不当補充の事実を知っていたとか、あるいは、これを知らないことにつき重大な過失があったものと認めるに足りる証拠はないから、被告は、満期の不当補充をもって原告に対抗することができない。よって、被告の抗弁2は採用することができない。

三  結論

そうして、前記一項の事実によれば、原告の本訴請求はすべて正当であって、これを認容し被告に訴訟費用の負担を命じ仮執行の宣言を付した主文一項掲記の原手形判決は相当であるから、これを認可することとし、異議申立後の訴訟費用の負担につき民訴法八九条、四五八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井田友吉 裁判官 山崎潮 芝田俊文)

<以下省略>

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